ビクターの情熱

両親のもとから離れ、大学で科学を学び始めた青年ビクター。

彼が始めに出会った自然哲学の教授クレンプは
ビクターがこれまで独学で掻き集めた知識を
「無価値なもの」として否定し、
彼に古い知識を捨て去り、新たな気持ちで科学を学ぶよう指示します。

実は、ビクターはこれまで近代科学に否定的な態度を取り、
むしろ古代の「錬金術」といったオカルト的な分野に関心を寄せ、
その方面の知識を独学で勉強していたのでした。

ビクターは、その頃彼が科学に対して持っていた見解を
以下のように語っています。

I had a contempt for the uses of modern natural philosophy. It was very different when the masters of the science sought immortality and power; such views, although futile, were grand: but now the scene was changed.

私は近代の自然哲学のやり方を軽蔑していた。
科学の師達が不死身と力を求めた時代は違っていた。
そうした考え方は実を結ぶ事はできなかったが、
それでも「偉大」であった。
今では、科学は変わってしまった。

ビクターにとっては昔の「科学の師」たちが追求した
「不死身」や「力」こそ、研究に値するものであり、
現代の現実主義に染まった科学は決して魅力的なものではなかったのです。

こうした一種の冷淡な気持ちで、
ビクターは大学生活をスタートさせたのでした。

そんな折、ビクターはクレンプ教授が言及していた
もう一人の化学教授、ワルドマンの事をふと思い出し、
彼の講義に顔を出す事にしました。

それは化学史についての講義でした。

その内容を要約すると、下記のようになります。

かつての「錬金術師」達は
不可能な事を追い求め、大胆な約束をしたが、
実際は何も果たさなかった。

一方、現代の科学者たちは、大言を吐かず、見かけも地味だが、
「奇跡」とも言える今日の科学の進歩はむしろ彼らの業績である。

彼らの手はフィールドワークで土に汚れ、
彼らの背中は顕微鏡を覗き込んで丸まっているだろう。

見栄えこそ良くないかもしれないが、
彼らのこうした地に足着いた努力こそ、
今の科学が「奇跡」とも言える進歩を遂げた所以である。

この講義でビクターは表現し難い興奮を味わいます。

ワルドマン教授はビクターの心に
科学研究への情熱の灯をともしたのでした。

しかし、この日の講義こそ、人造人間フランケンシュタインの
「受胎の日」と言えるかもしれません。

何故なら、ビクターのなかに後に芽生えるであろう
「人造人間の創造」という大胆な計画は、
彼がこの講義に出席していなければ、
ついぞ現れる事はなかったかもしれないのですから。

So much has been done, exclaimed the soul of Frankenstein — more, far more, will I achieve: treading in the steps already marked, I will pioneer a new way, explore unknown powers, and unfold to the world the deepest mysteries of creation.

フランケンシュタインの魂は叫んだ。
「多くの事がこれまで成し遂げられて来た。
もっと、もっと多くを私は成し遂げるであろう。
先人達が示してくれた道を辿りながら、
新たな道を私は切り開くであろう。
また、私は未知の力を探求し、
創造の奥義を世界に解き明かすであろう。」

その日の夜、ビクターは興奮のあまり
眠りにつけませんでした。

朝方になり漸く眠った後、目覚めたビクターにとって
昨日の興奮はまるで夢のように感じられました。

しかし、彼の科学を極めようとする「決意」は、
夢ではなく確固とした「意思」として、
ビクターの心に刻まれていたのです。

その日ビクターは再びワルドマン教授を訪問し、
これからの勉強の方向性を指南して貰いました。

教授は彼に、優れた科学者になるためには
一つの専門だけを狭く学ぶのではなく、
数学を含めたあらゆる科学的素養が必要なこと、
そしてその為に有益な書籍を教えてくれました。

ビクターはこの日の思い出を次のように書いています。

Thus ended a day memorable to me; it decided my future destiny.

こうして私にとって忘れ得ぬ日は終わった。
この日が私の未来の運命を決めたのだ。