創造と誕生の英語

今回は英語で「創造」に関する表現をテーマとし、
そこに言語表現に現れる心理的な部分を考えていきたいと思います。

今回の内容を編集するにあたって、
ジョージ・レイコフ、マーク・ジョンソン著
「Metaphors We Live By」という本を参照しました。

「創造」とは「無から有をつくり出す」ことですが、
人間は神様みたいに本当の無から何かをつくり出すことはできません。

ここで言う「創造」とは大袈裟なものではなく、
子供でもできるような、他愛のないものも含むと思って下さい。

例えば、折り紙を折って紙飛行機をつくる事も「創造」ということにします。

こういった人間の創造活動には「元」になる材料とか
アイディアがあってはじめて可能になります。

折り紙の紙飛行機であれば、原材料としては紙が必要ですし、
折り方をあらかじめ知っていなければなりません。

そういった意味で、私たちは「無」から何かをつくることはできないわけです。

言葉は人間心理を映し出す鏡”という観点から、
何かをつくりだすという人間に特有の行為において、
そのプロセスを記述する表現からみえてくるものがあると思います。

英語では、”つくる”という意味で圧倒的に使用頻度が高いのが
makeという動詞です。

makeの用例を挙げるならば、次のようなものがありましょう。

I made a paper airplane out of a sheet of paper.
私は紙飛行機を一枚の紙からつくった。

上の文で伝えていることは、「紙」という「材料」を使って、
「紙飛行機」という、紙には違いないが全く新しい意味と機能を
もつものを作った、ということです。

”つくる”という行為を、突き詰めて考えるならば、
「材料」が「創造者」の意図によって新しいものへと変化することです。

そして、作られたもの(上の例では「紙飛行機」)は、
元の材料を、いわばその「肉体」として持っています。

紙飛行機は、紙からつくられているわけですから、
その「肉体」はやはり紙なのです。

これは、人間の肉体が成分的にはタンパク質とかそういう物質になるのと
同じ意味です。

これと同じ事が起こるのが、人間や動物が新生児を生むという
ことです。

胎児はまず、母親の体内で母体からの栄養を吸収し
自らの肉体を形作っていきます。

その初期の段階においては、母親の肉体と区別がつきません。

よって、生まれたばかりの新生児は、その肉体においては、
”母親そのもの”と言えるでしょう。

出産後、赤ちゃんは自らが栄養を取り込むことによって、
独立した個体へと成長していきます。

人類にとって「子供が生まれる」という体験は、
いつの時代にも重要かつ身近なものでした。

そして、人が世界を認識する手段として、
物事の類似性に着目し、より身近なものを通して
複雑な現象を理解しようとすることは、人間精神の特徴と言えましょう。

こういった視点から「誕生」のプロセスと「創造」のプロセスの間に、
本質的な類似点を見出すことできるのではないでしょうか。

「誕生」が人類にとって身近な出来事であればこそ、
彼らが自然界や日常における「誕生のようなもの」を
「誕生」を通して理解し、言葉に表現していくことは自然だったということです。

先の「紙飛行機」の例で説明したように、
「紙飛行機」は「紙」からつくられたもので、
紙とイコールではありませんが、はやり”物質的”には、紙なのです。

このことをアレゴリーとして表現するならば、
材料である「紙」が「母体」であり、出来上がった「紙飛行機」が
「新生児」ということになります。

そして、

I made a paper airplane out of a sheet of paper.

という英文における、”out of ”という語に注目して下さい。

“out of”とは、その基本的な意味は「~から外へ」という意味でした。
つまり、物理的な意味で、「内から外へ」という「動き」を表す語です。

”out of ”本来の物理的な意味が使われている例としては、次の文などがあります。

This cork won’t come out of the bottle.
コークが瓶からとれない。

 

「コークがとれない」という記述には、
一切アレゴリーは含まれていません。

「コークが瓶からとれる」=「コークが瓶から出てくる」
というイメージから、”out of ”が使われているのでしょう。

イメージされているコークの動きは
あくまでも物理的なものです。

再び、「紙飛行機」の英文をみてみると
“out of”の意味が、少なくとも物理的なものではない事が分かります。

「紙飛行機」は「紙」から物理的な意味で”出て来る”わけではないからです。

「紙飛行機」は創造のプロセスの結果として
「出現」するものであり、その材料が「紙」であったに過ぎません。

それにもかかわらず、”out of “という語が使われていることから、
ここに「創造=誕生」という図式を見て取れるのではないでしょうか。

新生児が母親の体内から生まれ出るとき、
新生児は物理的な意味で「出て」きます。

同時にそれは、今まで存在しなかった人間が
この世に生を受ける瞬間、すなわち「創造」の瞬間でもあります。

このようにして、何かを新たに作り出すことと、
誕生は類似のプロセスということを説明してきました。

実際に英語では、「何かをつくり出す」あるいは
「新しい状態ができる」という時に、「誕生」に関係する言葉を使っています。

その例を見ていけば、次のようなものがありましょう。

Our nation is born out of a desire for freedom.
我が国は自由への欲求から生まれた。

 

His writings are products of his fertile imagination.
彼の文章は彼の豊かな想像力の産物だ。

 

His experiment spawned a host of new theories.
彼の実験は多くの新しい理論を生んだ。

 

いずれの例文においても、”生まれた”結果出来上がったものは、
国家とか文章とか理論で、動物や人間の新生児ではありません。

しかし、表現の形式がいずれも「誕生」に関係したものに
なっています。

第一の文では、is born out of 「~から生まれる」と
ハッキリと「生む」と言っているし、

第二の文では、imaginationを形容しているfertileという語が
「多産」という意味を持つことから、imaginationを母体として
その子供が彼の文章である、と捉えることができましょう。

第三の文における動詞 spawn は、「(魚などが卵を)産む」という意味です。
この動詞のニュアンスとしては、「大量に産む」ということ。
実際、魚などは一度に多くの卵を産むのが普通ですからね。

現に第三の文では、” a host of = 多くの”理論が生まれたと言っています。

これらの例から分かるように、「国家、理論、書物」などが
創造される事を、その原因を母体として「誕生」に結びつけて
考えることは、人間心理の一側面を表していると言えるのではないでしょうか。

最後に、”out of”について補足をしておきます。

“out of “の意味を辞書で調べてみると
「~から出てくる」という物理的な「出現」の意味の他に、
「~からつくられる」という「原材料」を示す用法が
あります。

これらを別々なものとして暗記しても悪くはないですが、
同じ語であるならば、複数の意味を持っているとしても、
そこには関連があるはずです。

そして”out of ”の「出現」と「原材料」の意味を結びつけるものとして
「創造」=「誕生」という認識を仮定してみても
面白いのではないでしょうか。

新生児が母親の体内から出てくるように、「創造物」は「創造者」
から出てくる、というイメージです。

これは私の持論なのですが、「英語を映像として捉える」ことが
できると、一層深い英語の理解に到達できると考えています。

「英語を映像で捉える」とは、言葉を変えれば
「抽象的な内容においても”動き”をイメージする」
ということです。

Our nation is born out of a desire for freedom.
我が国は自由への欲求から生まれた。

 

こちらの文が意味しているのは、国家の創立理念として
自由への欲求があったということです。

国家は目に見えるものですが、突然出現するものではありません。
そして「自由への欲求」もまた、抽象物として物理的な存在ではありません。

つまり、この文には一切物理的な意味での「動き」は
存在していません。

しかし、「自由への欲求」をいわば「母親」として
「国家」が「新生児」といしてそこから生まれるという
アレゴリーを感覚として理解すれば、そこに一種の「動き」
のイメージがあることが分かります。

言葉を変えれば、それはアレゴリーの世界での「動き」
と言えましょう。

このように、具体的なものを通して抽象的なものを表現していく
という人の思考の特性は、よく抽象的なものに「動き」を与えて
表現しようとします。

私が「英語を映像で理解する」と言った意味は、
このようなアレゴリーの世界の動きに慣れ親しんでいく事と
考えて頂ければ問題ありません。

私の実感では、上記の意味で「英語を映像として理解」できるように
なってから、自分の英語力が格段に上がったように思えます。

それは、「英語を英語で理解する」ための、重要なステップ
であったと思うのです。