英語を理解するための2つのレンズ

どうも、Nakachiです。

今日は、読解であれ、会話であれ、英語を理解するためのエッセンスとなる考え方をお伝えします。

英語のみならず、あらゆる言語を理解するときに、応用できる考え方です。

中学や高校で、理科の実験のとき、顕微鏡を使ったことがありますよね。

そのとき、2つのレンズのピントを合わせる作業をしたと思います。

顕微鏡には「接眼レンズ」と「対物レンズ」の2種類があり、両方のピントをあわせて、はじめて観察ができるのです。

英語にも、2つのレンズがあります。それは「文法レンズ」と「文脈レンズ」です。

これら2つの焦点があったとき、解釈がうまれます。

突然ですが、次の文章を読んでみて下さい。

Could it be that had the youngsters been left to their own devices, their inflamed devotion would have amounted to no more than a flicker of puppy love ?

 

かなり難解にみえるかもしれません。(汗)

実はこの文章、「影響力の武器」という本から抜粋しました。

「影響力の武器」というのは、人間に共通する心理的傾向を、それがマーケティングや宗教に巧みに利用される事例を挙げて検証している本です。

抜粋した前後の部分では、「人間は制約と戦う」ということがテーマになっています。

思春期にはこの傾向が最も強まります。あなたが中学校だったときはどうだったでしょうか。大人や先生が禁じることをあえてやることに快感を感じたことはありませんか?(笑)

私には思い当たるふしがありますね。(笑)

誰にでもある反抗期には「制約と戦う」欲求が特に高まります。

さて、「制約との戦い」はときに人間の情熱を極限まで高めてしまうかもしれません。

それは「ロミオとジュリエット」を読めばわかります。

永遠の古典ですね!

ロミオはモンターギュー家の息子、ジュリエットはキャピュレット家の娘です。そして両家は反目しあっているため、結婚はできない運命です。

政治的な事情から結婚できないという制約があるために、彼らの恋は一層強まるのです。

もし、両家が平和な関係にあれば、ジュリエットは仮死状態になってまでロミオとの駆け落ちを試みるなんて危険を犯すことはなっかたはずです。

さて、抜粋した英文ですが、実はthe youngsters(若者たち)とはロミオとジュリエットのことです。

Could it be that had the youngsters been left to their own devices, their inflamed devotion would have amounted to no more than a flicker of puppy love ?
もし彼らに自由な恋が許されていれば、彼らの激しい恋心も幼恋の束の間の高まりで終わっていただろうか?

 

まずこの文はCould it be that… (…はあり得るだろうか)という疑問文ですね。

そしてthatの中ですが、

had the youngsters been left to their own devices,

までが仮定の意味を持っています。

この部分は

If the youngsters had been left to their own devices,

と言い換えられます。文法用語でいうと仮定法過去完了が使われています。もうちょっとわかりやすい名前をつけて欲しかったですね!(汗)

仮定法は公式みたいに覚えるといいですよ。

Point (仮定法過去完了)
If S had +過去分詞
または
Had S 過去分詞
で過去の事実に反する仮定をする。

 

さて、私はleft to their own devicesのところを「自由に恋愛がすることが許されたら」と訳しました。

deviceには装置とか仕掛けという意味のほかに、計画や方策という意味もあります。この場合は後者でしょう。

それで、「彼ら自身の(恋)の計画にゆだねられていたら」と解釈しました。

このとうな解釈は、文脈がなければ不可能でした。

ちなみに、いつでも日本語に変換して理解する必要はないです。英語を読んだ時点で自分で納得できることが大切です。

2つレンズの焦点を合わせる

このようにして、「文法レンズ」と「文脈レンズ」の焦点があったところが、解釈をするポイントになります。

実は、この英文を初めてみたとき、すぐに意味をとることができました。

これは、文脈の流れから、この文での言いたいことが自然に予想できたからです。

実は、私達のコミュニケーションは、「流れ」から多くの言語的情報を省略しても成り立っています。

例えば、

「僕は魚」

この文って、意味不明ですよね。(汗)

しかし、この文が話された状況を理解すれば、とたんに意味を持つのです。

大学生5人が、昼休みにキャンパスの近くにあるいつもの定食屋に行きました。

そこには、とんかつ定食、ハンバーグ定食、焼き魚定食があります。

「僕は焼き魚定食をお願いします。」

「僕はハンバーグ定食にします」

と彼らは次々と注文します。そして最後の学生が

「僕は魚」

と言ったら、「僕は焼き魚定食を注文します。」という意味ですよね。

このように、コミュニケーションは「流れ」から、全てを言葉にしなくても、情報を十分に伝えることができるのです。

そして、流れを正しく追っていけば、文法とか単語には解釈の余地を広げていっても良いのです。

これが、「文法レンズ」と「文脈レンズ」の焦点を合わせる、という意味です。

どちらかが大きくずれてしまうとまずいわけです。

例えば、文脈が正しく追えていたとしても、had the youngsters been left to their own devices, の部分に仮定の意味があることがわからなかったら、正しい解釈は得られませんでした。

最後に、どのように2つのレンズを合わせていくかということですが、これには練習あるのみです。

なるべく多くの英文を読みこみ、レンズの焦点を合わせる練習をします。

そのとき、理解が100%に達さなくても心配いりません。

翻訳のプロになるわけではないので、100%の理解は必要ないのです。60%程あればだいたいの意味を把握できます。

また、まとまった文章で一つの部分がわからなくても、読み進めていけば、全体像をつかめることがよくあります。

また、文法レンズと文脈レンズのどちらか一方のレンズのみに集中すると、よくないですね。

文脈レンズから次に来る内容を予想し、文法レンズで可能な解釈から一番自然なものを選ぶ、というイメージです。

そして、文脈を追っていくためには想像力も大切です。単語の意味は固定されているわけではなくて、ある程度の意味範囲があるからです。

英語を日本語に翻訳するとき、辞書に書いてあるとおりに英単語を日本語に変換して文をつくると、日本語として不自然な文が出来上がるのはこのためです。

文脈と単語のもつ意味範囲から、文の意味するところを英語のフレームで理解し、それを日本語で表現するならどう表現するかを考えるようにします。

ちなみに、翻訳することが英語を理解することではないので、そもそも英文を読んでいく上で、日本語に変換する必要はないです。もし翻訳をする場合には上記のようにするといいということです。

むしろ、普段の学習では英語を英語のフレームで全て処理する思考回路をつくっていくべきです。

余談ですが、学校の英語の授業で、先生が「この部分を訳しなさい」と言って生徒にいつも翻訳をさせていることが、日本人の英語レベルが低いことと関連しているのではないかと、予想しています。

英語の授業が翻訳のためのものになっている感があります。これでは英語を英語で処理するフレームをつくることは難しいでしょう。

学校では、こうする意外に生徒の理解をチェックする手段がないので、仕方ないのかもしれませんが。

では、本日のまとめです。

Point (英文解釈の2つのレンズ)
文脈レンズと文法レンズの焦点が合ったところが英文解釈のポイントである。